関根有二について

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有ちゃんが亡くなった。という知らせを英司から受けた。
昼に電話がかかってきていて、何事かと思ったら、
あまり良い予感はしなかった。
だって有ちゃんはまだ若いじゃないか。
精神に異常が来てるなんて、死後知って意味があるものか。有ちゃんが死んで、結局有ちゃんのことを何も知らないんじゃないかという事に気づいた。お母さんも言ってた。そんな人じゃなさそうなのに、なんでそんなことをって。
一体何を知ってたのか。。
よく下ネタばっかはなしてたのは異様に覚えてる。
ちょっとみんみんちに遊びに行って、大体みんみんちにバイトのあと
ごはんを狙って遊びにいってたものだ。
大体、みんみんは外にいて(ベランダがみんみんの定位置だ)
ゆうちゃんは横になってテレビを見てて、、
何回チャイムを鳴らしたってでてくれない時は、
一階だから、表の木のところから侵入したり(そんなことするなとよく怒られた)確か予備校の時か塾の帰りに、みんみんちの引っ越し祝いの席にいった事を思い出す。みんみんは何回か引っ越しをしてるが、毎回手伝ったんだけど、そのときだけは
私は行けなくて後から行ったんだった。
そのとき、その生け垣からみたみんみんちに灯るあかりがすっごくあたたかくて、
ほわっとした気持ちで少し眺めてた。

結局みんないなくなってく。最初になっちゃんがいなくなった。
みんみんが死ぬほど探したけど、どうにも見つからなかった。
今どこにいるんだろう。
有ちゃんも今何してるんだろう。
みんなの悲しんでる姿を見てるんだろうか。

今日、昼に食堂に並んでる時にふと思った。
最近人が亡くなるなと思ったんだけど、
逆に今までが死んでなさすぎたのかもしれない。
それでも有ちゃんが亡くなるなんて
ほんとに嘘みたいで、
デザイナーズマンションに住んで、一人で魚を食べてるんだと思ってたのに。

営業だからってヅラを買った時の事や、
最後の会社で働いてた時の、楽しそうな忘年会の映像とか。
無理矢理見せられたけど、
すっごく面白くて、生き生きしてて、
「カオリちゃん、この人すごいでしょ」とか言って、
みんみんとかお母さんとかもいて、大にもみせてやれって無理矢理持って帰ったりとかして、大にそのあと見たの?って聞いたら
みたよってそっけなく言って、「あの人おかしいね」って少し笑ってたりとか、

今私の周りにあるすべてが不確かなものに思えてきて、
人間なんていつ死ぬかわかんないとかすぐ誰かがうそぶくけど、
それってほんとで、本当に死は身近にある。
びっくりするくらい隣にある。
何かの加減で私だって今すぐ死ぬ可能性だってある。

でも毎日のわらったり、思い出を積み重ねて、
そういうちょっとした楽しい事の積み重ねが私になってきて、
今までも辛い時の支えになって、くれるはずなのに、

有ちゃんは一体どんな気持ちから一人になって家で独りで死んだのかと思うと、
いくら有ちゃんがみんみんに私が想像も つかないような酷いことをして、
別居されてたんだとしてもあまりに悲しい最後じゃないのか。
辛くてもつらいと言えず、壁に殴り書きをしては、
知らない人に電話をして、そんなひとだったか。

毎年年末になるとうちの兄弟はみんなでみんみんちに行って、
おいちょかぶをした。
お金をかけて遊ぶゲームだ。
司がまだいた頃は、大人がばあちゃんもいれて5人もいて、何にも不安な事なく
楽しかった。あっという間だった。司がいなくなって、なっちゃんがいなくなって、
ごまがきて、ハルが来て、ユパがきた。私も京都に行った。

たまたま家族というだけで、毎日一緒に生きてきたけど
そんなのたまたまで、奇跡みたいな巡り合わせで全てが成り立ってる。
そんなだいじな事を忘れて生きてる。
一番大事なものを忘れずに生きて行きたいなあ。
幸せの記憶さえあれば生きて行けるはずだろうと思う。
さらに思い出せる力があれば完璧。

だっていっぱい思い出あるよ。ゆうちゃんに怒鳴られた事だってあるよ。
一緒に住んでたときだね。あのせまいうちで。
有ちゃん、大好きな巨人が優勝したのはちゃんとみたのかな。
むこうでちゃんと楽しかった記憶をいっぱい思い出していってほしい。
いっぱいあるはずだから。
悲しすぎる。

夕方帰ってくる時にうちからカレーの匂いがしたりとか、
ばあちゃんに気をつけるんだよって、毎日言われることとか、
おなかがいたい時にだいじょうぶって心配されることとか、
ひよちゃんを見てて最近客観的に想像できる
有ちゃんがどんなに健太を大事に育ててたか、有里佳を愛してたか。
全てが幸せの記憶で、そういうささいなすべての出来事。
その積み重ねだ。
さっきもいったけど。