ほんとはきょう

ひよちゃんに会いにいくはずだったよねー。でも、それもかなわなかったわけです。
阿部家はいま落ち込んでるからね。悲しいね。でも、ひよりはかわいいからなぁ。それで、いまブランコに乗ってるわけだ。先斗町でね。
黄昏てるわけじゃないんだけど。

ところで、ひよちゃんは初めて会った気がしなかったんだよね。やっぱ顔が似てるから?長女だから?
英汰は初めて会った感じだったんだけどねぇ。

家族に会いたいなぁ。でも、ほんとはみーちゃんにシャーってやられたいんだよ。

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わたしの大切なみーちゃん(猫和泉)

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私は、私の大切なものを夏の三連休でなくした。

初めてであったときの事を今日会社から帰ってくる時に思い出してみた。
英司がまだ家にいた。それをいうなら私も家に居た。
英司の部屋で英司が二段ベッドから、ニヤニヤしながら、
そのかわいいものをそっと大切そうに出してみせた。

それより前に一週間だけ犬を飼った事はあったが、
猫は初めてだった。灰色のちっちゃな猫だった。
うちはお母さん絶対王政だったので、
「英司、まさかうちで猫はむりだろう」とかわいいときゅんとしながら思った。

でもかわいさにうちの家族はメロメロになり、結局飼える事になった。
お母さんが言った。
「こんだけかわいかったらもう無理。返してこいなんて言えない」

英司にどこから連れてきたのか聞くと、土手にいたら、ついてきたと言っていた。
「ちっちゃい猫が離れても離れてもついてくる」と言っていた。
それがみぃちゃんだった。最初名前を猫和泉とつけた。
死んだじいちゃんの生まれ変わりかとか冗談で言っていたからだ。
一週間くらいだったろうか、気づけば母がミィちゃんとよんでいた。

それから、猫の育て方を学んだ。猫のトイレをかいにいった。
最初はトイレに入り口のついていないものを買った。
よくみぃちゃんは砂をかきすぎて、猫砂が外に出ていたのを覚えている。
その頃の猫砂は石けんの香がするが、だいぶ粉っぽくて、
だいぶ後になって、フタ付きトイレをかった。

ハルがきてからだろうか。
みぃちゃんはすくすくと大きく育った。
高校生だか予備校生くらいだった私はもう大きかった時に生まれたミィちゃんだったが、
猫の方が人間よりも成長が早い。
気づけば、私の歳を超し、ついには母の歳程までにもなっていた。
それまでにも色々アイツと私の間には色々あった。

みぃちゃんはメスで私の事をライバル視でもしていたのだろうか
(先週母が言っていた)私に対するあたりが強かった。
ばあちゃんへも、おかあさんへも強かった。
マサルには甘えていた。

すぐにシャーといってくる気難しい気位の高い猫に育った。
彼女は、外にすぐに出たがった。
私が平日の昼間に寝ていると(大学生の特権だ)
私の寝ているところまできてはニャーニャーいって仕方なしに何度か窓を開けた。
ハルの時につくづく思ったが、みぃちゃんは頭のいい猫だったと思う。
過去形になるのが悲しい。
私はみぃちゃんに甘かったので、窓を開ける事をみーちゃんはしっていたのだ。
すごいなあ。

かつて地デジなどかげも形もない頃、家に居る時にミーちゃんがいるのは、
ピアノの上か、ブラウン管のテレビの上だった。
大きな食器棚の中にテレビが収まっていたが、
後にテレビがむき出しに置かれる時代がくる。
その時にうるさいだろうに、あったかいからかみーちゃんは、
いつもテレビの上に居た。すごい面白かったのは、液晶のテレビ時代、
37インチのテレビに買い替えた時も薄いテレビの上に上ってグラグラなっていたが、
いつも通りバランスを取ってテレビの上に乗っていた。

最近は50インチになってしまったから、上にも上りにくくなったのだろうが、
やはり薄くなって居心地が良くなかったのだろう。
最近は上に乗ってる姿はなかなか見なかった。

何度か思った事がある。猫は死に目を見せないという。
うちは死に目を見せてくれた。
生来の気の強さは、臆病な性格の裏返しとかだったのだろうか。
決してそんな風には見えなかった。彼女は生まれついての女王様なのだ。
我々にこびる事も、弱みを見せる事もない。
ただだまって歯をくいしばっていたのだろうか。

死に目に出会えたのは決して偶然ではないと思う。
母は、彼女が家を抜け出して脱走してる時には、心配して、
ずっと「み~~~~ちゃ~~~~ん」と呼ぶ。
毎回思ったものだが、
その言葉が、愛の言葉でしかない。「あいしてるから帰ってきて~」
と私には聞こえた。
そう、居なくなると母が探す。あまりに真剣に探すが、
他の家族は黙っていれば帰ってくるよと内心では思っている。
しかし、母は根気も強く、しっかり見つける。
2日くらい帰ってこなかった時は、母に飛びついたという話もある。
あんなに強がりな猫なのに、よほど腹がへっていたのだろうか。
その話には驚いた。

私たちの母は、愛情深い人だ。
人を思ってくれる。もちろん冷たい時だってあるが、
根本的には情が本当に深い。深すぎて底が見えない気持ちになる。
人を愛する人なのだ。そうもちろん猫だって。

そう、思い出した、彼女はうちに恐怖を与えた時もあった。
ベランダにみどりのきれいな羽根事件や、
大きなリビングのテーブルの上にトカゲ事件などがそれにあたる。
みーちゃんは狩りが得意なのだ。深くは考えたくないが、
彼女がきてからうちにゴキブリが出なくなった。

ちなみに緑の羽根事件は、きっとインコかなにかを捕らえた時で、
お母さんが絶叫した事件の事だ。
トカゲも日常茶飯事。蝉も多かった気がする。
そんな過去が輝いて見えるのがすごいよね。
あんときは絶叫したのに、今はいないなんて信じられないよ。
どう信じればいいのかよくわからない。
だって、私は沖縄にいて、お葬式に出る事ができなかったんだよ。
お葬式は、死んだ事を自分の中に根付かせる儀式の事を言う。
それにでないと実感が出来ないんだよ。

でも優しいところもあるんだよね。
実はみーちゃんはハルの事を大切に思っていたでしょう?
ちょうど自分の子供くらいの年だもんね。
いつもハルにちょっかいをだされてはぶち切れていたけど、
ハルが私にお風呂に入れられて、あの高い声でニャ~~~~~~ってなくと、
お風呂場の扉のすぐそばにまできて、心配そうに待っててくれたよね。
あの時に心底実感したよ。みーちゃんは母だったね、ハルの。
未婚なのにそんな事いったら怒るかな???笑
ごめんごめん。

去年は私の大事な人が亡くなったもう一つの年でもあった。
ゆうちゃんだ。
私の大事な叔父。いつも人をからかって下ネタだかりだったけど、
結構鋭くて、大事な人。

人や猫が死ぬのは、誰でも全員そうなんだけど、
毎回毎回、こんなにつらい思いをする事になるんだよね。
私は大切な人がい~~~~っぱいいるよ。
家族全員を愛してるし、大切な友人も多いよ。

マサルが言ってた。
「もうハルと仲良くしない」って。
気持ちは本当に良くわかるよ。 でも、ハルも私の大切な息子だから。
私が芸大から連れ帰ってきて、かわいかったら平気でしょと思って
連れてきた猫だから。段ボールに入れてくるまで連れ帰ってきた。
口の周りがもふっとしてるの。かわいいの。ニャーゴスって鳴くような顔して
高い声でニャーって鳴くの。外を見てて鳥を見ると鳥の鳴き声を真似して歌うの。

私の周りには愛すべき者たちが多すぎると思う。
いつか失う事を恐れて、仲良くしないなんて、そんな馬鹿な話はないよ。
もちろん気持ちはわかるよ。自分が引き裂かれるような気持ちだ。
こんなの一回でも相当つらい。失恋とかが馬鹿みたいに思えてくる。
だって会えるじゃない。話す事だって出来るじゃない。
大事なものをなくすのって、ほんとうにツライね。
私はそんな目に遭っても、おそれずに愛すけどね。
覚悟が必要だね。

そういえば、バーちゃんがね、みーちゃんの為に外を見やすくって、
段ボールをうちの窓辺に置いといてくれてたよね。
みーちゃん、いっつも外見てたよね。
ほんとに居ないのが信じられないよ。最後に会ったのいつだろう。
2011年6月12日だ。ジョに会いに月島に行った。

マサルにだっこされてた気がする。ほんとにみーちゃんはマサルが好きだなあ。
一緒に居られて幸せだったなら、わたしも嬉しいなあ、やっぱりライバルとしては。
ちなみに、みーちゃん、マサルは姉ちゃんの事も好きだよ。
やっぱりライバルなんだろうね。きっと。
本当にそう思ってきた。

つよがりなみーちゃん、来世でもきっとまた会えると信じてるよ。
いっぱいけんかしても、今回みたいにまたあなたを愛すよ。
それまで元気で。
寂しいかもしれないけど、そっちの時間はすぐにすぎるって言うから。
あと、私のお父さん代わりのゆうちゃんも居るし。
あいつ、猫好きだから難しいかもしれないけど、できれば仲良くしてあげて。
きっとものすごく喜ぶと思う。

あ、今おもいだしたけど、前私のタンスの引き出しに入ってたときあったよね。
あんときは間違ってしめちゃってごめんね。
でも普通に寝てたね。とても驚いたよ、みーちゃん。

あと言い忘れたの、すごく大事な事。
うちにきてくれて、当たり前に居てくれて、本当にありがとう。
あなたがいたからこそ、つらい時代も、きっと輝いて見えるよ。
幸せに暮らす事が出来た。ただ寝てる顔を見てるだけで、
家族の誰もが幸せに暮らせたと思う。
みーちゃんはさーちょっといつも怒り過ぎだったと思うけど、
それでも私はちゃんと好きだったよ。はっきりいっとくよ。

本当に今すぐまた会いたいよ。
それで憎まれ口をたたかれたい。いつものあの澄まし顔で。
あの美しい顔で。